司法書士・土地家屋調査士ブログ

2023年10月25日

「国際法」は「法」ですか?

こんにちは、目白オフィスのMです。 最近、中東情勢が随分怪しくなってきましたね。  ハマスによるイスラエルへのテロ行為に世界は同情的でしたが、ガザ地区の病院攻撃(*諸説あり)以降、むしろイスラエルによる人権侵害が問題視されているようです。国連やEUは「国際法違反」として明確に非難していますし、イスラエルの後ろ盾となるアメリカも冷静になるよう呼びかけています。 「戦争にもルールがある」と世界の指導者達が口を揃えている状況です。  ニュースで時折目にする「国際法」ですが、法律の専門家でも詳しく知る人は少ないと感じます。国内裁判では民法や刑法など日本の法律で争う訳ですから、国際法はあくまでも外務官僚や外交官が扱う領域になっています。司法試験の選択科目にもありますが、100人に1人しか選んでいないそうです。 国内法とは全く違う法体系にあるので、かなり敷居が高いのだと思います。  私は大学院で国際法を専門としていました。 これを機に、(記憶を頼りに…)簡単にまとめてみようと思いますニヤリ 1.国際法は法なのか?  国際法は①条約と②国際慣習法からなる、いわば法体系の総称になります。 行政事件訴訟法や地方自治法をまとめて「行政法」と呼んでいるのと同じ理屈です。 ①条約は「国家間の文書による合意」と定義されており、条約、協定、規約、議定書、憲章…など、その呼称は問いません。 一般に馴染みのある条約と言えば日米安全保障条約や核不拡散防止条約(NPT)等だと思いますが、実際には多方面に広がっています。 組織:国連憲章、EU条約、ASEAN憲章 領域:国連海洋法条約、南極条約、月協定 人権:国際人権規約、難民条約 経済:IMF通貨協定、WTO貿易協定 環境:ワシントン条約、京都議定書 戦争:ハーグ陸戦条約、北大西洋条約機構  「締結」「加盟」「脱退」などをニュースでよく見ると思いますが、作るも自由、入るも自由、抜けるも自由が原則です。参加国以外は条約を無視して好き勝手して構わないという事になります。 ②国際慣習法は成文法である条約に対して「慣習をベース」とする不文法です。 慣習法は日本の法律では民法の入会権など例外的な扱いですが、国際法においては主役級の法規範です。合意ベースの条約の欠点を補う役割を果たしています。  例えば、領土・領海などはお互いの合意で線引きする事は困難です。 そこで、「歴史的にずっとそうだったんだから」という事実の積み重ねを法規範として扱います。世界政府のような国家の上位機関が国境線を引いてくれる訳でもないので、慣習をベースとして一応の決着を図るしかありません。  とは言え、国際慣習法は国家間の合意のない「暗黙のルール」ですから、条約に比べて遵守しようという力学は働きません。破ったからと言って警察が来るわけでもなく、裁判所に出廷させられるわけでもなく、強制執行する者も現れません。  国連総会はどうかと言えば、決議を出しても法的拘束力はありません。せいぜい国際世論による圧力をかける程度のものです。  国際司法裁判所も有名ですが、そもそもお互いに「裁判しよう!」と出てこない限り裁判は始まりません。 ▲国際司法裁判所、通称『平和宮』は国際法学の中心地。  ならず者国家に対しては個別に経済制裁や戦争で対処せざるを得ないので、まさに今、世が乱れているという事に繋がります。  こうしてみると、「果たしてそれは法と言えるのか?」と疑問符が浮かびます。 その根底には、「主権国家が主人公」という現代国際社会のルールにありますびっくり 2.やりたい放題が許される「主権国家」  「主権」と聞いて通常思い浮かべるのは、おそらく「国民主権」だと思います。 国民の上に立つ者は存在しない、この国の主人公は国民だという絶対的ルールです。 国際社会も同様に、国家の上に立つ者は存在しないという「国家主権」が絶対的ルールとなっています。  すなわち、それぞれの国家は独立していて、何者の外圧も許さないし、内政にも干渉させないというルールです。たびたび「国際法違反!」というニュースを目にしますが、国家主権を持つ国家(=主権国家)を誰にも止める事はできないのです。  そもそも主権国家の歴史を辿れば、神聖ローマ帝国時代にまで遡ります。輝かしいハプスブルク家のイメージがありますが、その末期は混沌を極めていました。  カトリックとプロテスタントの宗教対立を発端として始まった三十年戦争ですが、ひいては帝国内の小国による独立運動まで重なる凄惨な戦争となりましたえーん ▲ジャック・カロ『戦争の惨禍』  最終的には「ウエストファリア条約」により宗教上の解決が計られ、小国にもそれぞれ「主権」が認められ、神聖ローマ帝国は事実上の解体に至りました。  それまでの中世ヨーロッパは国家の上位機関として教会が権威を奮っており、国家間の争いに口を出したり、国内問題に首を突っ込んだり、やりたい放題でした。ウエストファリア条約で改めて「主権は国家にある」と定められたのです。  血を血で洗う戦争の代償として、ついに人類は「国家主権」という国際社会の基本原理を手にした訳ですから、フランス革命による基本的人権同様、もはや覆せない絶対的ルールとなっています。  こうして主権国家がやりたい放題できる時代が到来して、今に至りますショボーン 3.国際法が抱えるジレンマ  ここで冒頭のイスラエル・パレスチナ問題に戻ってみると、そもそも国際社会のゲームルールが問題の根幹にあることが浮き彫りになってきます。  すなわち、イスラエルには国家主権があるが、パレスチナ自治区には国家主権がないという問題です。  国家主権の名の下に、誰もイスラエルを止める事ができないのが基本ルールです。一方で、歴史を振り返れば国家主権を得ようとするパレスチナの独立も容認できるかもしれません。もっと言えば、国際法を守らせようと介入する世界の警察・アメリカの動きは、ルール違反のようにも思えてきます。  このように国際社会のゲームルール(=国際法)を知る事で、ニュースの背景にある国際社会の課題を理解することが出来ます。しかし、突き詰めると結局は「守らせることの出来ない法は法なのか」というジレンマにぶつかることになります。法規範として一応は確立されたものではありますが、まだ道半ばと考えられます。  学問としては面白いのですが、あまりにも壮大で荷が重く、私個人は実務家に転向しようと決意して今に至ります…キョロキョロ  最後に、三十年戦争の災禍を体験した法学者グロティウスは、世界史でもおなじみの『戦争と平和の法』を執筆しました。現代へ続く国際法の原点です。  まさに「戦争にもルールがある」と言いたかったのでしょう。  これに私は「ただし審判はいない」と付け加えて理解していますが…ガーン ▲国際法の父・グロティウス先生

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